書籍・雑誌

2012年3月 8日 (木)

「般若心経の科学」の初版を読み返してました。

『般若心経』天外伺朗意訳 

 

観音様がね……。

観察している対象と一体感を感じるための

トレーニングにはげんでいたらね。

宇宙全体がひとつに溶け合っている「あの世」の実体に触れたとさ。

そうしたら、自分の身体も精神活動も、

すべて「あの世」では全体の中に溶け込んでいることがわかり、

今までさんざん悩んできた、一切の苦しみや災難にも、

しっかりと対応できるようになったとさ。

 

シャーリプトラよ、よくお聞き。

私たちは、ありありと個別の身体の存在を感じているが、

それは「この世」の感覚であって、

「あの世」から見れば、

そんなものはまったく実体がなく、

「全体としてのひとつ」に溶け込んでいるのだよ。

それと同じように、感覚も想念も行いも意識も、

「この世」では、

あたかも、自分自身に属しているように感じられるけど、

本当は宇宙全体として「あの世」にたたみ込まれている、

というのが真の姿なのさ。

 

シャーリプトラよ、わかるかい。

今言った、自分自身だけでなく、「この世」のすべては、

個別に存在しているのではなく、

全体として「あの世」にたたみ込まれている、

というのが宇宙の基本構造なのだよ。

それは、物質や精神だけでなく、

じつは時間までたたみ込まれているのさ。

だから、「あの世」から見れば、

誕生も死も存在しないし、何かが変化する、ということもない。

そう、「あの世」というのは、

過去も現在も未来も

すべてごちゃごちゃに一緒になった不思議な世界なんだよ。

すべてが一体だということは、

「正しい / 誤り」、「正義 / 悪」、「神聖 / 穢れ」

などという区別もなくなるのさ。

「これは正しい」、「こっちはまちがい」

などと、どこかにピッと線を引いて、

すべてを分け隔てて峻別しようとするのは、

「この世」の思考パターンであって、

真実の智慧からは、ほど遠いのだよ。

「あの世」では、すべてが受容され、

一体不可分だから峻別しようがないのさ。

 

今、私たちが、ありありと感じている

あらゆる感覚も、あらゆる認識も、

「あの世」では、まるで実体がないのだよ。

 

お釈迦様はかつて、

私たちが宇宙の根本原理に疎いものだから、

ついつい「あの世」の涅槃から分離したという

「セパレーション感覚」を育ててしまい、

それが我欲につながり、

最終的には、老いや死などの苦しみを生じているという原理を、

十二のステップに分けて、詳細に論理的に分析されたね。

逆にいうと、

人間の根本的な苦しみである

老いや死から解放されるためには、

この十二のステップをひとつずつ順番に滅していき、

最終的には、

宇宙の根本原理に対する昏さから脱しなければいけない、

と説かれたのさ。

 

だがしかし、このような論理的な分析というのは、

「この世」でしか通用しないものなんだよ。

何故かと言うと、

すべてが一体に溶け合っており、

時間が存在しない「あの世」では、

原因と結果が区別できず、

いっさいの論理的な分析を超越しているのさ。

 

まったく同じように、

人間は煩悩が尽きないから苦しむ、ということを出発点として、

それからどうしたら逃れられるかを説いた、

四つの真実(四諦)という仏教の根本教義も、

「この世」でしか通用しない論理であり、

「あの世の智慧」ではないのだよ。

 

「あの世の智慧」という言葉を使っているけど、それは

「この世の知恵」のように、

知識やノウハウとして獲得できるものではないのだよ。

だから、何かを獲得しようとしないで、

なんの目的意識も持たないで、

ただひたすら、修行そのものに専念していると、

修行者は

「この世」と「あの世」を隔てている壁が淡くなり、

すべては一体で溶け込んでいる、という状態に近づいていくのさ。

その壁がなくなれば、一切の恐怖や不安もなくなるよ。

さらには、自分の肉体という皮袋の内側だけが自分だ、

という錯覚を離れて、

「全体としてひとつ」という「あの世の智慧」に達すれば、

ごく自然に、究極の心の平安が得られるのさ。

 

今までもそうだったし、

そしてこれからもずーっとそうなのだが、

悟りを開いた人というのは、

専ら修行に専念してきたのであり、

それにより、これ以上はない普遍的で、

正しい悟りの状態に達するのだよ。

 

修行としては、ひたすらマントラを唱えて

瞑想することをオススメするが、

これ以上はないという、とてもすばらしいマントラを教えてあげよう。

これを唱え続ければ、いっさいの苦しみから解放されるよ。

これ、本当だよ。

まさに、「あの世の智慧」に達するためのマントラだよ。

さあ、これがそのマントラだ。

 

ガーテー・ガーテー・パーラガーテー・パーラサムガーテー

ボーデイ・スヴァーハー

 

以上が「あの世の智慧」にいたる道なのだよ。

http://www.officejk.jp/category/1327015.htmlより転載。

初版から14年昨年7月に改訂版が再販されたそうです。
『今回、表現を全面的に変えたことのほかに、二点ほど新しく書き加えました。
 ひとつは、東日本大震災の被災者のことが念頭にあったのですが、
強いストレスを受けて、通常の手段ではなかなか瞑想に入れないようなときに有効な、
般若心経のマントラを用いた瞑想法であり、首尾よく瞑想に入れれば「生きるのがつらい」という状態を脱することができるでしょう。

もうひとつは、従来の仏教界の標準的な口語訳から大幅に逸脱した、
天外伺朗による般若心経の意訳です(この後に添付します↑)。
もし、身近にさまざまな悩みを抱えている方がいらっしゃったら、
本書をお薦めいただけたら幸いです。』とありましたので・・・

2011年8月26日 (金)

最近富みに野菜に味がないと思ってましたが

なるほど!という本見つけました。

『自然の野菜は腐らない』 朝日出版社

河名秀郎  

2011年2月23日 (水)

本のご紹介が続きます

「満月をきれいと 僕は言えるぞ」宮田俊也・山元加津子著三五館

内容はぜひご自身でお読みになってください。

涙腺がだいぶ弱くなっているオジサンには、
電車内や喫茶店で読んではいけない本です(笑)

「気持ちを伝えることの大切さ」がひしひしと伝わる本です。
ぜひ多くの人に読んでいただきたいと思いご紹介することにしました。

本だけではなく宮ぷー こころの架橋ぷろじぇくと
へ飛んでいただければ更に詳しいことがわかります。


フォト
無料ブログはココログ
2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

最近のトラックバック